TBS系『クレイジージャーニー』に出演する西畠清順さん。
“世界を狩る”プラントハンターとして知られ、
万博プロジェクトや大手企業案件も手がける異色の植物プロデューサーです。
しかし一方で、過去には炎上騒動も経験し、
その活動はたびたび議論を呼んできました。
西畠清順とは何者なのか?
父親の存在や家系、
プラントハンターになったきっかけ、
万博で展示された千寿オリーブの意味まで――その歩みと現在地をまとめます。
西畠清順は何者?“世界を狩る”プラントハンターとは?

西畠 清順(にしはた せいじゅん)
生年月日:1980年10月29日
職業:プラントハンター
office N seijun代表取締役(旧・そら植物園株式会社)
幕末より150年続く花と植木の卸問屋・花宇の五代目(2015年1月就任、2017年10月辞任)
父親:西畠 勲造(にしはた くんぞう)氏
“プラントハンター”という肩書きを聞いたことがある人はまだ少ないかもしれません。
しかし西畠清順さんは、
世界を飛び回り植物を収集し、
国内外の政府機関や企業、
イベントプロジェクトに届ける現代のプラントハンターとして知られています。
そもそも「プラントハンター」とは、
ただ植物を集めることではなく、
珍しい植物を発見し、
その価値を見出して新しい環境や空間につなげていく仕事。
その活動は卸売・ランドスケープデザイン・造園工事・イベント演出など多岐にわたります。
また、
西畠さんは20代で世界を旅しながら自ら植物を収集する道を選び、
現在では年間200トン以上の植物を国際的に扱うようになりました。
西畠清順の原点|五代続く家業と父親の存在
西畠清順さんは兵庫県出身で、
幕末から続く花と植木の卸問屋の五代目として生まれました。
家業では伝統的に専門業者以外の仕事を受けないスタイルでしたが、
西畠さんはそこから一歩踏み出し「植物をどう役立てるか」を考え始めます。
父親・西畠勲造氏の存在があるからこそ植物と向き合う時間と技術を積むことができ、
それが現在の独自路線の基盤になりました。
こうして家業との違いを生みながら、
植物への興味を深め、自らの道を切り開いていきました。
西畠清順がプラントハンターになったきっかけ
一般的にこの業界では、
市場を回り、生産者から植物を仕入れるのが基本とされています。
しかし西畠さんは、その常識とは異なる道を選びました。
インタビューでは、次のように語っています。
この業界に入ると、普通は市場に行って生産者を回ってと教えられるんですが、僕の場合はそれが山だったんです。自然の山でおもしろい木を見つけて採ってくるっていうのが仕事。
市場ではなく“自然の山”。
この発想の転換こそが、
西畠清順さんがプラントハンターと呼ばれる所以なのかもしれません。
若い頃から海外を旅していた西畠さんがプラントハンターとして本格的に動き出したのは、
自分自身の植物への思いからでした。
植物をただ“飾るもの”として扱うのではなく、
その地域の空気や文化と結びつけたいという思いを抱くようになりました。
彼が立ち上げた「そら植物園」は、単なる植木屋ではなく、
植物の価値を生活と文化につなぐ活動拠点になりました。
朝起きた瞬間から夜まで植物と生活を共にする彼の姿勢は、
“好き嫌いがあっていい”という柔軟さに満ちています。
万博やユニクロ案件とは?世界規模のプロジェクト
プラントハンターとしての活動は、
単に珍しい植物を探すだけではありません。
西畠清順さんは、国内外の企業やイベントからの依頼を受け、
植物と空間を結びつける大規模プロジェクトを数多く手がけています。
そのスケールは、文化・産業・社会の観点からも高く評価されています。
まずひとつ象徴的なのが、
2025年の大阪・関西万博(EXPO2025)での展示プロジェクトです。
そら植物園は、
フランス館「ミラクルガーデン」で展示された千寿オリーブ“TREE OF YOUTH”(若さの樹)の植栽から輸送・施工までを担当。

会期中、多くの来場者がこのオリーブを通じて命の力強さや生命力を体感しました。
今回展示された千寿オリーブは、長い年月を経てなお枝葉を伸ばし続ける姿から、人類の持続可能な未来や世代を超えたつながりを象徴する存在とされました。
万博という「未来社会」をテーマにした国際舞台において、“若さ”とは年齢ではなく、生命が循環し続ける再生の力を意味していると解釈できます。
また、
関連プロジェクトとしてオリーブを起点にした「赤い糸」プロジェクトではギネス世界記録に挑戦するなど、
万博という国際舞台で存在感を放っています。
万博は世界中から人々が訪れる大型イベントであり、
その中で植物というテーマを通して「命」や「つながり」を表現する試みは、
他とは一線を画す仕事です。
さらに西畠さんは、
ファッションブランドとのコラボレーションでも注目されました。
例えば、
過去に ユニクロの人気商品「フリース」のプロモーション広告 にモデルとして出演した実績があります。

この企画では、
西畠さんが“自然の中で自分らしく生きる姿”を体現する人物として起用され、
日本全国だけでなく世界各国でもそのプロモーション映像が展開されました(英国・フランス・米国・中国など多数の地域)。
こうした企業案件は、
植物や自然そのものではなく、
西畠さんという人物の生き方や価値観そのものがメッセージとして使われた例でもあります。
このように、
西畠清順さんの活動は単なる植栽や緑化の領域を超えており、
イベント、広告、国際展示、文化発信といった多様なステージで「植物 × 人間社会」という新しい価値を提示しているといえるでしょう。
炎上の理由は?過去に話題となった出来事
西畠清順さんがプラントハンターとして大きな注目を集めた一方で、
過去にネット上やメディア上で賛否を呼んだプロジェクトもありました。
代表例が2017年に行われた「めざせ!世界一のクリスマスツリーPROJECT」です。
このプロジェクトは、
富山県の山中から樹高約30メートルのアスナロの木を神戸・メリケンパークに運び、
クリスマスツリーとして展示するというもので、
「阪神・淡路大震災の鎮魂と復興・再生の象徴」にしたいという思いが込められていました。
しかしネット上では、
「樹齢のある木を切り倒して移動するのは動物の命と同じように“木の命を消費する行為”ではないか」
「単なる人間のエゴではないか」
といった批判が相次ぎ、
SNSを中心に炎上騒ぎに発展しました。
また、大手通販会社がこの木を使った記念品の販売を告知したことで、
「展示後に加工するのは矛盾している」とさらに批判が拡大。
批判の高まりを受け、販売予定だったバングルは中止となりました。
西畠さん自身や関係者は、
「多くの人が植物や自然について考えるきっかけになれば」と意図を語っていましたが、
批判と賛同が入り混じる激しい議論となった点が炎上とされる大きな理由でした。
この出来事は、
植物や自然との向き合い方について社会的な議論を生んだ事例ともいえるでしょう。
現在の活動と今後の展望
現在、
西畠清順さんは「そら植物園」の代表として、
国内外で精力的に活動を続けています。
プラントハンターとして世界各地を訪れながら、
植物の収集・輸送・植栽・空間演出までを一貫して手がける独自のスタイルを確立しました。
これまでに携わったプロジェクトは1,000件以上。
年間で扱う植物は200トンを超えるともいわれ、
そのスケールは国内屈指です。
商業施設や国際イベント、ブランドプロモーションなど活動領域は幅広く、
「植物を文化として届ける」ことを軸に事業を展開しています。
また、自身の公式サイト「office N seijun」では、
植物に関するコンサルティングや企画プロデュースも行っており、
単なる植栽業にとどまらない新たな可能性を模索しています。
Instagramでは世界各地で出会った植物や現場の様子を発信。
希少植物の写真だけでなく、
自然と向き合う姿勢や現場でのリアルな記録が投稿されており、
植物に詳しくない人にも強いインパクトを与えています。
過去には議論を呼んだプロジェクトもありましたが、
その経験を経てなお、
植物を通して人と社会をつなぐ挑戦を続けている西畠さん。
今回の『クレイジージャーニー』出演は、
そんな現在地を知るうえでも大きな機会といえるでしょう。
まとめ
世界各地を巡り、
希少な植物を探し出し、
日本へと届けてきた西畠清順さん。
プラントハンターという異色の肩書きの裏には、
代々続く園芸の家系に生まれ育った背景と、
自らの道を切り拓いてきた決断の積み重ねがありました。
五代目として家業を継ぎながらも、
その枠にとどまらず独自の活動へ舵を切り、
「そら植物園」や「office N seijun」を通して植物の可能性を広げてきた歩み。
万博という国際舞台に立ち、
世界規模のプロジェクトを動かす一方で、
時には議論を呼ぶ存在にもなりました。
それでも一貫しているのは、
植物を“モノ”ではなく“文化”として届けようとする姿勢です。
自然の山でおもしろい木を見つけて採ってくる――。
その生き方こそが、“世界を狩るプラントハンター”西畠清順の正体なのかもしれません。
『クレイジージャーニー』では、
そんな彼の“今”がどのように語られるのか。
放送を通じて、その覚悟と信念に触れられることになりそうです。

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